熊本みそクエスト

朝起きて、4日間お世話になったログキャビンをお掃除。薪ストーブの灰はそのまま。おそらく、この灰を回収する作業のときに「あ、紙をたくさん使ったな」=火の扱いが下手だなというのがバレると思うんですよね。好きなんだけどな。慣れてはいないよな。。。残念。

太郎さんの運転で、熊本市内を目指します。今晩、熊本市内でライブの富安さんと太郎さん。
ぼくは、夜の便で熊本空港から帰ります。演奏もなにもない自分のミッションは。みそ探し。

数年前、熊本によく通っていた頃に、よく買って帰っていたお味噌。偶然スーパーでみつけて惚れてしまったものです。

その後、何度か熊本に行きましたが、見つけられず。数年前に水害の被害にあった地域で作られているのでひょっとして無くなってしまったのでは、などと心配しております。

熊本市内に入ると、まずお世話になっているライブハウスに立ち寄りました。

マスターとママさんと再会を喜び。マスターはなんと今年に入ってからトランペットを始めたとのこと。タンギングに悩んでいるということで、少しだけお話させていただきました。マスター、用事があって、すぐに「あーれーもう行かなきゃ!わちゃわちゃ!」という感じで去っていかれました。

ママさんにお味噌のことを尋ねると「あんまり熊本のことよくわからない」と。案外、地元の味噌のことなんか知らないのかもしれない。特に、こういうこだわりのお店では、自家製味噌とか使っていそう。

と、そこに、警備員の服を着たおじさんが。どうも常連さんらしい。ママさんが「お味噌のことに詳しい人が来た」と。おじさん、サササッとスマホで情報を調べてくれて、販売元の電話番号をみつけてくれた。さっそくそこに電話をすると、「熊本市内の取扱店を調べて折り返し電話します」と。数分後にかかってきました。そして2つの店舗の情報を教えてくれました。

ママさんに笑顔で別れを告げて、引き続き太郎さんの運転で、スーパーへと行きます。
が!お味噌のコーナーには無い!ガーンと落胆したものの、一縷の望みを託して総合受付にて問い合わせてみると「特産品コーナーにあります。」とのこと。

ようやくたどり着くことができました。

富安さん、太郎さんと熊本駅にてお別れ。
ぼくの味噌欲のために、一緒に冒険してくれてありがとうございます。

空港バスにて1時間移動して、熊本空港へ。
熊本空港は、本来ならクレジットカード提携のラウンジがあって、そこにはなんと!焼酎コーナーがあったのだけど、ターミナルの建て替え工事で、前回来た時は、プレハブでした。コロナ禍ということもあって、そんなコーナーはなく。。。今回はどうなっているかなと楽しみにしておりましたが。前回と変わらず、プレハブだったけど、ラウンジは復活しておりました。無料ビールもありました。焼酎コーナーはまだありませんでした。見知らぬおじさんが、ビールをくれました。新ターミナルビルができるのは、来年の3月だそうで。また来れるといいな。

そういえば、熊本駅も、本来なら、正面から臨むと二階建て、角度を変えると実は1階建てという、見事なハリボテの駅だったのだけど、全く新しい駅舎になってました。あれはあれで旅愁たっぷりだったのだけどな。

帰宅後、ログキャビンの薪ストーブの煙の臭いの染みついた服を、名残惜しく脱いでシャワーを浴びましたとさ。

スィングキャラバンレコーディング~配信ライブ

昨晩は、頑張って深酒したので、思いっきり二日酔いでございます。
朝10時からのレコーディング。楽器を持ったらスイッチが入りました。
太郎さんのエンジニアリングで、2曲ほどサクサクッと録音できました。
できあがりが楽しみだ。



レコーディング終えて一安心して、またお昼寝。
14時くらいにすっきりとして起きてきたら元気満タン。
オーナーの亀さんにビールを勧められるも、さすがにそれはパスしました。
ここで呑み始めたら一日がつぶれてしまう!

他の人は何をして遊んでるのかなとウロウロするも、みんな、まったり寝転がったりしてました。シマッタ!他の人と元気なタイミングがズレてしまった。バンドでツアーとかすると、ご飯や休憩のタイミングがズレたりすると大変なので、普段は気をつけてますが、今回はあんまり気にしておりませんでした。

それじゃあ、独りで散歩とかも思ったけども、せっかくの良い天気なので、美しい山々をバックに配信ライブをすることに。

ところが、配信ライブを始めてすぐ、温泉に誘われました。
すぐにのぼせるわたくしは、ライブを続けるかとても迷ったのだけど、集団行動を選びました。配信ライブのカメラを回したまま。

温泉入って、ソフトクリーム食べて、再び風の丘に帰ると、すでに夕暮れ時。
急いでまた配信ライブに復帰。
太郎さんにも途中、出演してもらったりして。
「遠き山に日は落ちてやりましょう」と言ったら、町内の放送で流れだしたりして。


美しい景色をお届けできて良かった。
https://youtu.be/KraWqqVT9CM

ここで、スィングキャラバンのお二人とお別れさみしい!

富安さんと、太郎さんと、風の丘ご夫妻と楽しく晩ご飯のお鍋をいただきました。

清水明日香ソロライブから風の丘ライブ

午後イチで風の丘を出て、1時間弱のクルマ移動。大分市内の街の方に向かうのかと思ったら、まだ山の中でした。

手作りのログハウスですって!

とっても素敵な会場!ピアノの横にお花を持ってきてくれたりして。ちょっと曲がった観葉植物を「ほれ!しゃんとせい!」とか言ってしばいてたのも面白かった。

そしてこれは、よくあることなんですが、リハーサルして音を出した瞬間のママさんの顔。

「は!ちゃんとした人だ!」みたいに変わったのが面白かった。そう。ぼくは、楽器を持っていないと、人の目にとまらないのです。

明日香さんのライブ、素晴らしかった。声質だけで涙が出てくるってほとんど経験ないな。人のために何かをやろうと決めた人にしか出てこない成分のような気がする。そんなところに加えていただいて嬉しい。

ライブを無事に終えて、再び風の丘へ。

夜のライブでございます。昨晩に引き続きの開催なので、富安さんが組み立てたプログラムの中身全部変わっておりました。ライブ後は盛大な打ち上げ。諫早市から、シェフがやってきてチョー美味しいオードブルを肴に。お客さんにも芸達者な方が多く、真夜中まで宴は続きました。

風の丘音楽祭

ログキャビンでは、スィングキャラバンのレコーディングが始まりました。管楽器は、こういうのは最後にレコーディングなので、散歩でもしようかなと思ったけど、外はあいにくの雨。ゆっくりパソコン仕事したりしてました。

夕方から母屋では、ゆっくりライブのセッティングが始まり、だんだんとお客さんも集まってきました。初めましての方、お久しぶりの方。

お泊まりで楽しんでいかれる方がほとんどなので、お酒もどんどん進んで、モリモリに盛り上がりました。そして、明日、別の会場で開催される清水明日香さんのレコ発ソロライブに急遽参加させていただけることになりました。嬉しい!

まだユーフォなんちゃらも覚えていないのに、またややこしい楽器を持ってきて!なんて言われて楽しい。

レッスンからライブ

午後から、大分市内の文化施設にて地元の学生さんのレッスンでした。大学の元祖!オモロい先輩にセッティングをお願いしました。九州で大活躍の先輩、心強い!

元祖オモロい先輩

からの、3年ぶりのジェラテリアふくろうさんへ。シンガーソングライターの清水明日香さん富安秀行さん、地元のバンドのスィングキャラバン、クラリネットの山本太郎さんと合流。

とても盛り上がりましたのヨ。

ライブ終了が21:00。ここから、すぐに九重のペンションへ移動かと思ったら、居酒屋でプチ打ち上げでした。そして更に温泉に入りました。真夜中のペンション入り。

四日間、お世話になります。

沖縄到着→リゾートホテルでの演奏

今回の沖縄のメインイベントは、明日の琉球ポリゴンのライブですが、沖縄のアーティストRyutyさんに連絡したところ、なんと、もう一本、演奏の機会をセッティングしてくれました。

午前中の2番目の飛行機で沖縄へ。(朝イチの飛行機は、始発でも間に合わない。)

中部国際空港のチェックインカウンターは、ここ数年、見たことのない混雑。ああ、以前はこんなんだったなあ。すっかりスカスカの保安検査所しか覚えてなかったので、油断しておりました。わりと滑り込みセーフなタイミングでした。

出かけは、Tシャツ、薄いダウンのインナー、そしてテロテロのパーカーという格好だったけど、那覇空港に降りるなり、上の2枚を脱ぎました。あっつい。

まずは、道の駅へ。珍しい野菜とか魚にテンション上がる。ここで、見つけてしまいました、ヤギ肉(焼き肉用、刺身用)。30分ほど、野菜→魚→肉というローテーションをしながら考えて、結局購入。シークワーサーポン酢も買いました。今晩、ホテルで食べるのだ。刃物持っていないので、コンビニでカッターナイフでも買いましょう。(いつもは、小さなアーミーナイフ持ってるけど置いてきた)

お昼は、骨汁(ホネジル)というインパクト大の食べ物を。いやー、イベント性高い。

さりげなく粟国島Tシャツ

そして、いよいよ、恩納村のリゾートホテルへ。

Ryutyのお二人と会うと、感激して泣いてしまう。

セッティングして、ちょっとだけサウンドチェックからリハーサルしていると、雨がポツポツと。PAの方が「レーダー見てみると、これはダメですね」と。

しかししかし、時おり強く降りつける雨の中、20分のステージを2回やりました。宿泊のみなさんは、ちょっとした軒下や、部屋、渡り廊下から声援をくださって。

Ryutyのお2人も、なんとか一緒に演奏するんだと。PAの方も「まだ大丈夫!まだ大丈夫!」とギリギリのラインまで粘ってくれて。感動してポロリと泣いてしまいました。

宿に帰ったら、さらに雨が激しくなっていて、外へ出ることも出来ず。(折り畳み傘持ってたけど)

ホテルの下のコンビニで、てびちも入っていない、おでんを買って。

一通りお腹を満たした後、昼間買っておいた、ヤギ刺しに取りかかる。

昼には気が付かなかったのだけど、解凍されたヤギ肉は、血、スジ、皮がしっかり残っていて、そのままでは食べられる状態ではなく。

ホテルのユニットバスで、肉の塊を洗って血を流してカッターナイフでバラすという、イヤーなことになってしまった。食べられる状態になったヤギのお刺身は、とても美味しくいただきました。

ジェラテリアふくろうライブ前ノリ

夕方の便で大分空港へ。宿にチェックインすると旅行支援のクーポンが3枚もらえました。

このクーポンが微妙なところで、あんまり小さいお店は使えなかったりする。でも、駅前のチェーン店みたいところには入りたくなく。クーポン使えるけど、地元の人が行くお店みたいのを探すのが難しい。

ここは無理だろうな。。。

ぶらぶら歩き回っていると、いつのまにか22時半で、閉店準備をしているところも。割と大きなお店に飛び込みました。

14円払いました。

名人2人と

なんと!ユーフォのスーパースターとドイツから一時帰国中の濱田さんと音出し会をしました。5時間、休憩もなくぶっ通しで。お互いの得手不得手を相談し合ったり、情報を共有したりして、プレシャスな時間になりました。

沖縄ウーチャッチャクエスト

沖縄滞在最終日は、お墓参り。家系図に載っている、2番目と3番目のお墓に行ったことがないので、そこに行ってみたいとずっと思っていた。
(本島でテルキナをやっていると、自ずと家系のこと考える)


一つ目の那覇市壷川のお墓は住所を検索してもヒットしない。おそらく、区画整理とかで住所が変わっているんだろうな。ということは、まず那覇市役所で確認してもらおう。

担当の方、丁寧に調べてくれてメモを渡してくれた。ただ、検索してみるとその場所はマンションが建っているらしい。「もう何もありませんね」と言われることもあるだろうなと覚悟はしていた。それでも、その辺りには行ってみようと思っていた。


お礼を伝えてエレベーターに乗ろうとしたら、その方が走ってやってきて、「もう一カ所可能性があるのでもう少し調べさせてください」と。その後、さらに調べてくれたものの「まだ時間がかかりそうだから、連絡先を教えてください」と。そんなに調べてくれるの嬉しい。「今回見つからなくてもまた、今後も来ることがあると思いますので、どうぞよろしくお願いします。」と再度、お礼を伝えて役所を後にした。



さて、次はレンタルバイク屋へ。絵的には、マニュアルのバイクの方が映えるんだけど、スニーカーが汚れるのと、クラッチを握る手がきっと筋肉痛になるのと、那覇市内は割と渋滞だらけなのを知っているので、スクーターにした。この「ちょっとワルそうなもの」が、全部似合わないのが悩みではありますが。

モノレールでの移動中に役場の方から電話があった。折り返すと「先ほど渡した住所で確実です」とのこと。本当にありがたい。

バイクを借りて、住所の現場へ。やはり、マンションが建っている。そうかそうか。じゃあ、今後の話のためにマンションの写真でも撮っておくかな。と写真をパチリ。ふと横に目をやると切り立った崖に階段があるのをみつける。沖縄でこういう感じの階段をみつけると拝み所に通じることが多い。「ちょっと見に行ってみるかな」と山に足を踏み入れると。。。

お墓があった。目的のものではない。ジャングルの中を少し歩いてみると、次々にお墓を発見した。調べてもらった住所のところにマンションはあるけど、おそらくこの山のことを指しているんだろうなということが解って嬉しくなった。

バイクに乗るため、長そでのシャツを着ていたので蒸し蒸しのジャングルの中を歩くとすぐに汗だくになってしまった。それでも、蚊の大群がやってくるので、長そでを脱ぐ気にはならず。

少し歩くと別の階段が現れて、ということを繰り返し結局2時間ほど山の中を歩いた。それでも見つからなかった。今回は、時間切れだな。もう一度来ることは無いような気がする。関係ないものが立ち入って散策してはいけない場所だな。だいたい、この辺りにあったんだなということが解っただけでも満足してスッキリした。

次に目指すは、浦添城の下の墓地。こちらも住所はあるものの、調べると集合墓地が出てくる。歩き回って探すか、管理事務所に行って、場所を尋ねるしかないかな。

現場について愕然。こちらは、山肌見渡す限りお墓だ。

千や二千じゃないだろうな。歩くのは無理だ。事務所の方に尋ねると大体の場所は調べられるとのこと。今すぐ対応できないので、ちょっと時間をくれとのこと。連絡先を渡して、少し離れたところで遅い昼食を食べることにした。

骨汁を食べていると、いとこからメッセージあり。沖縄に関する意識が強い人で、昨日の夜「今日、こんなことをするんだ」と伝えておいた。

メッセージ
「『名護でむんちゅう(門人)の集まりが数年前まであった』ときーてたので、もしかその場所?と思って、つるおばちゃんに聞いてみたところ『そこよ!』ってゆーてる。車のナビとかあったらすぐ出るみたいよ。で、つるおばちゃんが、『先、宇治のお墓→粟国の墓→名護の門人の墓に行った方が良い👍』と、神人みたいなこと言ってる。」

で、おばちゃんの連絡先が添えてあった。そうかそうか。ちょっと希望が出てきたな。と思った矢先、おばちゃんから、電話がかかってきた。

「今、どこにいるの?」
「浦添にきてます」
「じゃあ、今から行くから」
「信号からちょっと上ったところにいて」

みたいな、まるで地元の人同士のような短かくて不安すぎるやり取りをしてから電話を切ると続いて、事務所から電話あり。「場所は解ったが、何年も人が入っておらず草が多くたどり着けないかもしれない」とのこと。

「親戚のおばちゃんと連絡がとれたので、現地で集合します。後ほどよろしくお願いします。」と伝えて、現地へ。

会ったの何年ぶりだろう。にこやかに出迎えてくれた。

おばちゃんの記憶と反対の方に誘導される


「たぶん、この辺りだと思うけど、見つからない」と、おばちゃん。そこに事務所の方がやってきて、「この辺りじゃなくて、山の反対側だよ」と。

「そんなことない、こんなに登ってこなかった」とおばちゃん。

事務所の方は、丁寧に話をきいてくれて、写真も見てくれて総合的に「やっぱりこっちだよ」と。

ぼくとしては、おばちゃんの記憶の方が正しいんだろうなと思っていたのだけど、事務所の方についていくことに。

「ここじゃないですか?」と連れられていくも、写真とは明らかに違う。事務所の方、どこかに電話をして確認してくれる。すると「わかりました。一段下です」と。

草がぼうぼうで進めない。「1年や2年ではこうはならない。」と事務所の方。
「草むらから飛び出ている石の柵の上を渡って行ってもいいですか?」とぼく。
「いや、危ないことはやめておきましょう」と事務所の方。バランスには、自信があるのだけど、おそらくこれは、本当に怪我をするところを制止してくれたんだろうな。

回り道をして草を踏みしめて進むと、「ありました。これですね。写真に骨組みのようなものも映ってましたよね」と。

確かに、写真と同じ。同じ所についにたどり着きました。
涙が出てきて、事務の方にお礼を伝える。「良かったですね。お墓参りできますね。」と。

おばちゃんによーく話をきくと、もう10年くらい、来れてなかったそうだ。それは記憶も薄れるし、草もぼーぼーになりますわ。

2人で草むしりをして、「あー綺麗になった」と嬉しそうなおばちゃん。しっかりお参りできました。

あっさりお別れした後、せっかくなので、浦添城址に登る。

人っ子一人いなく、静かに過ごすことができました。
帰りの飛行機を降りてふと思い立って、壷川のことを検索すると、戦争に関する記述とぼくが昼間に見たのと全く同じ景色が出てきた。「ここが一番、迫力があるな」と思った場所だった。おしまい。

オフ日

沖縄に来てオフ日があるなんて、なんて素敵なことでしょう!
琉球ガラス村にて開催されているフェスを見に来ました。
ディアマンテス初めて。生声、すごかったなー。
一日中、半そでで過ごしました。